初めてお便りします。
そして、これが最後の手紙となるでしょう。
この手紙は私の遺書だと思ってくださってけっこうです。
君が読んでくれるかわかりませんが、それでも書かずにはいられなかったのでこうやってペンを執っています。
メールでは何度も手紙を書いたけれどね。
こんなふうに紙の手紙を出すのは初めてだったよね。
できれば捨てずに読んでほしい。
最後なのだから。
少し思い出話をするね。
君と初めて逢ったのは緑燃える夏山のことだったよね。
私は山登りが趣味だった。
君はそれほど山に興味があったわけではなかったみたいだけど、よく私の話を聞いてくれたよね。
私は拙い詩をネットの掲示板で紡いでいたのだけど、それに優しく声をかけてくれたのが君だった。
覚えているかな、最初に君がかけてくれた言葉を。
「やさしい風景が見えるようです」と君は感想を書いてくれた。
それまで誰も書き込みをしてくれなくて、私は少々腐っていたんだ。
だから君が声をかけてくれたもので有頂天になっていた。
あの時は本当にありがとう。
私は子供の頃から詩人になりたいなあと思っていたんだ。
けれど、どうも才能はなかったみたいで、いくら書いても先生はおろか家族も認めてはくれなかった。
確かに下手だったのだと思う。
パソコンを手に入れて掲示板で投稿する前も、どこかの文芸賞に投稿してみたのだけど、かすりもしなかったわけだしね。
そして、ネットでも誰も評価してくれる人はいなかった。
だが、そういうことはもう今の私にとってはどうでもいいことだ。
何故なら、百人が反応してくれることよりもたった一人が「よかったよ」と言ってくれたことで、私は救われたのだからね。
私はいつでもそうだったんだ。
大勢が認めてくれなくても、たった一人が認めてくれればそれで満足だったんだと、それで幸せだったんだと。
君が感想をくれた詩。
あれはね、私のお気に入りだったんだよ。
高き場所より臨む
静かに流れ行く時の音よ
雲間から見ゆる力強きその姿
確かに魂が宿っていると
己の心に
木々の囁きに
心穏やかに目を閉じ
澄み渡る空気を身内に取り込む
ああ山よ
我が友よ
いつまでも其処で
我を見つめておくれよ
自然はいい。
私は時に自然と一体になりたいと思っていた。
そういうことも誰にも話したことはなかったけれどね。
けれど、君はいつも聞いてくれたよね。
最初はそういうことで、ネットの掲示板で知り合ったから、メール交換で互いのことを話すようになった。
といっても、私はほとんどリアルの自分を話すことはなく、もっぱら詩のことや山のことばかり話していたけれど。
君もあまり自分のことは話してくれなかったけど、それでも私はそんなことは気にしなかった。
私はただ話を聞いてもらいたかっただけだから。
けれど、いつの頃からだったんだろう。
君に対して特別な感情を抱き始めたのは。
やはりあの時からかな。
初めて電話で話をするようになってから。
「やさしい声なんですね」と君が言ってくれた、その声に私はたちまち恋をしたんだ。
君はハスキーな声をしてて、とてもセクシーな声だった。
君の声は少し小さくて、よく聞き取れなかったので、私は夢中になってケータイを耳に押し付けたものだったよ。
それから二回、朝の「おはよう、今日も一日頑張ろうね」という言葉で目覚め、そして夜の「今日も一日ご苦労様、おやすみなさい」を毎日聞くようになった。
私はそれだけを楽しみに毎日頑張っていたんだよ。
私はね、リアルではとても辛い思いをしていたから。
君の存在はいつしか私にとってなくてはならない存在になっていったんだ。
君がいなくなってしまったら、私はもう生きてはいけないと思うほどにね。
君が怖がると思ったので、そういうことは絶対に言わなかったけれど、でも、もう最後なのだから正直に全てを話すよ。
私は君を愛してしまった。
笑うかな。
それとも気味悪く思う?
ネットで顔も知らずに知り合って、ただ何回かメールを交換して、やっと声を聞いたけれど、それもたった一回で恋に落ちてしまうとは。
誰が想像するだろうね。
私は毎朝君を想って目覚め、毎晩君を想って眠りについた。
もしかしたら、あの頃が一番私にとって幸せな日々だったのかもしれない。
けれど、私はそれだけでは満足できなくなっていた。
逢いたいと思ってしまったんだ、君に。
だけど、それは私にとっての死出の旅立ちへの序章だったんだね、今思えば。
あの頃の私はこう思っていた。
人間はね、確かな絆を築くためには、直接逢い見え、言葉を交わし、手を触れ、表情を互いに認め合わなくちゃ駄目なんだと。
もちろん、君を想像し、こんな人だろうか、あんな人かなと心で思い描くだけも確かに楽しかったけれどね。
そういう愛し方もあるだろうなということは、私も認めたいとは思っていたよ。
でも、私は違っていた。
君を目の前にしたら、きっと至福の喜びを感じるに違いないと思ったんだ。
君を愛するようになって、私は生きる気力ができた。
毎日辛く必死に生きていた私だったので、まさに君は私にとっての生きる糧。
そう思いつつ、私は毎日を一生懸命生きたんだ。
たとえこの想いが報われなくても。
君という人がいればこそ、私は何とか生きていけると。
こんなことを言ったら、恐らく普通の人は脅威を感じるかもしれないね。
だって、もしかしたら君はこう思うかもしれない。
「それなら、もし私がここで死んでしまったら?」と。
「もし事故か病気、あるいは自殺なんかで死んでしまったら、あなたは生きていけるのでしょうか?」と、君は思うかもしれないよね。
そうだね。
確かにそうだよ。
きっと私は君が死んでしまったら、後を追って死んでしまうと思うよ。
そう思っていたよ。
けれど、それは違うかなと気づいたけれどね。
私はね、君の存在のおかげで生きていこうという気力をもらったんだ。
だから、君に恥じない自分でいたいと思うようになった。
それは、君がたとえ不慮の死でこの世からいなくなってしまっても。
君のおかげで私は生きている。
そんな君の代わりに私は生き続けなければならないと思ったんだよ。
それならなぜ、私は今死に臨んでいるのか。
君にはわかるかな。
私がこの世から去らなければならない理由を。
といっても、きっと説明をしても君は私の気持などわかりはしないかもしれないけれどね。
でも、私はどうしても君に話を聞いてもらいたいと思ったんだ。
読んではくれないかもしれないけれどね。
それでも書かずにはいられなかった。
こうやって文章で残すことで、私の気持ちを整理したかったし、そして、ほんの少しの希望をも託したかったんだ。
私の想いを伝えたいと思ってね。
だから、聞いてほしい。
あの頃のように、私の話を聞いてください。
お願いします。
忘れもしないあの暑い夏の日のこと。
君にあの山で出逢ったあの日。
君はとても驚いていたね。
私の姿を見た君の表情を見て、ああ、やはりそうだったかと私は思ったよ。
やはり君は私のことを勘違いしていたんだなと。
私は男の格好をしていたが、明らかに男には見えない風貌だったからね。
多少男っぽい感じではあったが、やはり身体的には女だったのだから。
あの時、君に詳しくは話さなかったけれど、私は女として生まれはしたが、心は女ではなかったんだ。
信じてくれるだろうか。
心は男だったんだよ。
子供の頃から自分の性に違和感を感じつつ生きてきた。
親にも話せず、一人で苦しんで生きてきたんだ。
そして、やっと大人になって一人で暮らしていけるようになり、家を出て都会で暮らすようになっていった。
もちろん、嫌ではあったけれど女として普通に会社勤めをし、会社が引けた後には男として暮らしていた。
といっても、友達も作らないようにして家にこもっていたんだけどね。
本当は男として男の友達がほしかったし、会社の同僚でかわいい女の子なんかいいなあなんて思ったりしたけれど、告白できるわけでもないし。
でも、他の似たような境遇の人たちのように自分はこれこれこうなんだと宣言して男として生きていく勇気はなかったし、途方に暮れていたというのが正直な気持ちだ。
だが、そんな私にインターネットは夢と癒しを与えてくれたんだ。
ネットの世界でなら、私は女としてではなく男として生きていけると。
そこでなら私は私らしく生きていけると思ったんだ。
人はただの電脳世界、ただのまやかし、ただの幻想だと言うだろう。
そんな世界で男になったとしても、本当の自分の身体は紛れもなく女であり、現実では女として生きていくしかないのだと。
でもね、ネットの世界では女も男もないんだよ。
そこは精神だけの世界。
現実を持ち込む者もいるが、幻想を求める者たちも確実に存在する、そんな世界なんだ。君はそうは思わないだろうがね。
私は何人も同士を見つけたよ。
たとえ今言葉を交わしている相手が男であろうが女であろうが、人間として愛するよというそういう者たちをね。
いるんだよ、そういう者たちが。
君は信じないかもしれないがね。
私が不幸だったのは、そういった同士を愛さなかったことだった。
私は結局は相手に逢って、こんな自分を認めてもらってそれで愛してもらいたかったんだよ。
そして、私が愛してしまったのは君だった。
君を愛してしまったことを後悔はしてないが、それでも結局こんな結果になってしまった。
たぶん、私が普通の女で、そして愛した相手が君ではなく、普通の男を愛したのだったならこんなことにはならなかった。
気持ちを拒まれたからといって死を選ぶということもなかったかもしれない。
もっとも、それでも死を選ぶ場合もあるだろうけれどね。それは誰にもわからないけれどね。
でも、誤解してほしくないのは、何も君に私の想いが届かずにそれで死んでいくというわけじゃないんだよ。それだけは忘れないでほしい。
私はね、私という人間を否定されたから、だから生きてはいけないと思ったんだよ。
もちろん、君が私という人間を否定したからといって、他にも人間はたくさんいて、その人たちは私というへんてこな種類の人間を認めてくれるだろうけれど。
でも、もう遅いんだ。
私は君に認めてもらいたかったんだ。
他の誰でもない、君に認めてもらえさえすれば、世界中の誰もが私を認めてくれなくても、それでもかまわなかったんだ。
それだけ私は君という存在を大切に思っていた。
そういう気持ちを君は理解できるだろうか。
できないかもしれないけれどね。
でもね、できれば、今回のことをきっかけにして、そういうことも考えてみてほしいと思うよ。
私は死んでしまうけれど、これからも私のような人間は出てくると思う。
君の周りにそう何人も出てこないとしても、それでもわからないわけだし。
もしかしたらまた私のような人間が君を愛さないとも限らない。
だから、お願いだよ。
私の最期の願いだ。
私という人間を認めてくれ。
認めてくれるだけでいい。
何も愛してくれとは言わない。
これから出逢うかもしれない、第二、第三の私を拒絶しないでくれ。
君が私に初めて出会ったときのあの目をどうか向けないでくれたまえ。
私の心を殺してしまったあの目をどうか。
そして、お願いしますね。
心から頼みます。
どうか私という存在が確かにこの世界にいたのだと、それを忘れないでほしいと思います。
こんなことを君に頼むことは虫のいい話だとは思うけれど、それでも頼まずにはいられません。
それでは、そろそろお別れです。
最期にもう一度、この言葉を君に送らせてください。
愛していました。
君を心から愛してました。
本当に愛していたんです。
それではさようなら、ごきげんよう。
君が私の分もずっと幸せに生きていくことを祈っています。
さようなら。
西暦二〇〇四年七月十六日、性同一性障害者の戸籍変更が法律で認められることとなった。
だが、法律で認められたとしても、彼(彼女)の心を殺してしまった眼差しは、なかなか変わることはないだろう。
それでも、人の心は変わる。
変わることは可能だが、完璧に変わるまでには至らない。
だから、心と身体が一致しない人間の悲しみや苦しみを、一人でも多くの人が理解してほしいと思う。
心からそう願う。
終わり