ここはアルプスの山の上。
一人の女の子が草原で遊んでいます。 女の子の名はヘレンといい、山の上でおじいさんと二人で暮らしています。 ほら、おじいさんがヘレンを呼んでいますよ。 「ヘレーン! 夕方は寒いよ。もう家に入りなさーい」 「はーい」 ヘレンは家の中に入っていきました。 家に入ると同時にヘレンは、 「おじいさん。明日帰ってくるのよね、ドラジェナは」 嬉しそうに言いました。 ドラジェナは、ヘレンの友達です。 病気でドイツの養護施設で養生しているのです。 その子が明日帰ってくるのでした。 静かな夜がやってきました。 ヘレンは真っ暗な空に輝く星にお祈りをすると、ぐっすりと眠りました。 次の日、チチチ、チチチという鳥のさえずりでヘレンは目覚めました。 お日さまも今上がったばかりです。 「おじいさん。ドラジェナを迎えに行ってくるわね」 そう言い終わるか終わらないうちに、ヘレンは飛び出して行きました。 雲一つない上天気です。 朝日がぽかぽか暖かくて、気持ちのよい日です。 小鳥たちがひっきりなしに鳴いて、まるで合唱しているみたいです。 この光景を見ながら、ヘレンは思わず呟きました。 「ドラジェナは元気かしら。何年も会っていないんですもの。ずいぶん変わったでしょうね。会ったらなんて言おうかしら」 駅に着きました。 ドイツから来た列車がとまっています。 その中から上品で美しい女の子が出てきました。 「ドラジェナだわ」 ヘレンは飛びあがって喜びました。 急いでドラジェナのところまで駆け寄っていきました。 ドラジェナは、ヘレンを見ると目をまんまるく開いて、 「ヘレンじゃない。元気だった? おじいさんも元気?」 大声で叫んで、ヘレンのところまで駆け寄ってきたのでした。 それから、二人は懐かしそうに話をしながら道を歩いて行きました。 家に着くと、おじいさんが昼食の準備をして待っていました。 二人は急いで食卓につくと「いただきます」も言わずに食べ始めました。 しかも、口の中に食べ物を入れたままお喋りをしています。 「二人とも、行儀が悪いぞ。喋るなとは言わんが、ちゃんと食べ物を飲み込んでから話はしなさい。それに、ちゃんと、いただきますは言わなくちゃいかん」 当然のことながらおじいさんに叱られてしまいました。 「はい、気をつけます」 二人は素直に謝りました。えらいですね。 食事がすむと、二人は庭の向こうの草原に、ころがるように駆けていきました。 そして、縄跳びをしたり、動物と遊んだりして短い昼を過ごしました。 夜になると、二人は晩ご飯をタベ、すぐにぐっすり眠ってしまいました。 よほど遊び疲れていたのでしょう。 ヘレンは、毎晩していたお星さまにお祈りするのも忘れていたのですから。 あくる朝、二人はお日さまと一緒に飛び起きました。ヘレンが、「今日は、山の頂上まで行ってみない?」と、ドラジェナに聞きますと、ドラジェナは大喜びしました さっそくバスケットの中に食べ物をつめこみ、いさんで山を登っていきました。 少し登っていくと、あたり一面花畑です。 ドラジェナは、その中で一番きれいな花をつみ、髪にさしました。 朝日が二人の上からほのぼのと輝いています。 しばらくすると、二人は小鳥と競争で駆け始めました。 やっと頂上に着いたころ、太陽はもう真上にありました。 急いで昼食をすませてしまって、元気よく遊び始めました。 だいぶ時間がたって、日が西に傾き始めたころ、ヘレンが、「ドラジェナ、もう帰るわよ」とドラジェナに言うと、 「待って。このお花をとってから……きゃあ!」 「ドラジェナ!!」 ドラジェナは、岩場にある花を取ろうとしたのですが、すべってしまって、今にも谷間に落ちそうになってしまったのです。 ヘレンはびっくりしてドラジェナを助けようとしました。 そして、ヘレンがドラジェナの手をつかんで引き上げようとしたときです。 不運にも、向こうの山からワシが飛んできて、ヘレンにぶつかってきたのです。 「きゃ───!!」 二人とも、まっさかさまに谷間に落ちていきました。 それでも二人は何とか助かりました。 谷間の底には、万年雪が深く積もっていて、運良く二人ともその上に落ちたからです。 しばらくしてヘレンが目を覚ましました。 ヘレンは辺りを見まわして「私たちは助かったのね」と命が無事だったことを喜びました。 そして、急いでドラジェナを起こしました。 ドラジェナは「ここはどこかしら?」とヘレンに聞きました。 「谷間の底らしいわ」 ヘレンはそう言って歩き始めました。 歩くたびに足がぼこぼこ雪にはまって、とても歩きにくい思いをします。 「どこ行くの?」 ドラジェナがそう聞きますと、 「ここを出なきゃね」 ヘレンはそう答えました。 二人は、だいぶ歩いたと思うのに、どこまでもどこまでも万年雪が広がっています。 ヘレンたちは、山のことで大切なことをひとつ知りました。 山には、緑の草原や花などが延々と広がっているところもあれば、ここのように一年中雪のとけることがないさびしいところもあることをです。 二人が、もうくたくたで歩けなくなったときです。 白い雪の向こうに緑色に輝く森が見えてきたのです。 それを見てヘレンはドラジェナを助けながら、無我夢中で歩きつづけました。 やっとのことでその森に着いたときは、もう辺りは真っ暗でした。 二人は仕方なくこの森で野宿することにしました。 山の夜は冷えるので、二人はぴったりとくっついて寝ました。 いつのまにか月が出ていました。 その月の光は、まるで二人を守るかのようにヘレンたちの上にふりそそいでいました。 朝です。 もう太陽はとても高く上がっていました。ドラジェナが目を覚ますと、ヘレンがいません。 「ヘレン、ヘレン。どこにいるの?」 ドラジェナはヘレンを探し始めました。 「ここ。ここよ、ドラジェナ」 ドラジェナは、ヘレンの声のするほうへ行ってみました。 草むらをぬけたかと思うと、なんとそこは美しい楽園のようなところでした。 動物たちも小鳥たちも、そこに集まっています。 くだものの木や美しい花が延々と広がっています。 ドラジェナは、これは夢ではないかというふうに、しばらく目をまんまるく開いたまま突っ立っていました。 ヘレンがドラジェナを呼ぶと、彼女は我に返ってヘレンに話しかけました。 「ヘレン、いったいここはなんなの?」 「見ての通り、ここは動物たちの楽園よ」 ヘレンは、かわいい小鹿をなでながら言いました。 「でも、どうやってこの谷から出るの、ヘレン」 ヘレンは彼女の問いかけに、 「この周囲を眺めてみたけど、まず無理ね」 そして、続けて、 「捜索隊が見つけてくれるまで待つしかないわね」 ドラジェナは仕方ないという顔で、目の前にあるリンゴを取ってかじりました。 そのリンゴのおいしいこと、おいしいこと。 ドラジェナはあっという間にリンゴを三つ、まるかじりに食べてしまいました。 そして、二人の新しい生活が始まりました。 まず最初に、この楽園をぐるっと散歩しました。 それでわかったことが、川の水は山の頂上の雪がとけてこっちに流れてきていることを知ったのでした。 ただ不思議に思うことは、その川にたくさん魚が泳いでることです。この不思議なことは、最後まで謎につつまれていました。 そして、この楽園に来てから、もう一ヶ月がたってしまいました。 動物たちとも仲良しになり、毎日が楽しくてたまりません。 ヘレンたちは一生ここにいてもかまわないと思うくらいになっていました。 でも、やっぱり二人はおじいさんや家のことが心配でした。 いつかきっとここから出て、おじいさんもこの楽園に連れてきてあげようと考えていました。 そして、ある日のことです。 ヘレンはある大きな洞窟を見つけました。 さっそくドラジェラを呼ぶと、中に入ってみようと言いました。 「待って。もしかしてこれが出口なら、動物たちにお別れを言ってこないと」 ドラジェナがそう言って走って行くと、ヘレンも動物たちにお別れを言おうと、彼女のあとを追って走りました。 さて、動物たちにお別れを言ってきたので、ヘレンとドラジェナは洞窟に入っていきました。 洞窟の中は真っ暗で何も見えません。 ヘレンたちはおそるおそる進んで行きました。 中ごろまで来たのでしょうか。だいぶ暗さになれてきたようです。 ですが、じとじとと湿気が多く、何となく気味の悪い洞窟です。 「いったいどこまで続いているのかしら」 ドラジェナが震える声で言いました。 「きっと大丈夫よ。この洞窟、なんとなく上へ上へ続いているみたいだから」 ヘレンは嬉しそうにそう言いました。 一時間くらいたったでしょうか。暗い洞窟の向こうからほのぼのと光が見えてきたのです。 二人は無我夢中で走り出しました。 洞窟から飛び出ると、暗さになれた目に太陽がぱっと痛いくらいに入ってきました。 二人はあたりを見回しました。 見覚えのある花畑です。 今まで出てきた洞窟を振り返って見てみると、木々に隠れて、そこに洞窟があるなんてわからなくなっていました。 この花畑は山に登った日、ドラジェナが花を髪にさした場所です。 二人は飛び上がって喜びました。 「早く戻って、おじいさんも連れて来よう!」 ドラジェナがそう叫んで走り出そうとすると、ヘレンが「待って」と彼女を止めました。 そして、ヘレンは洞窟の傍に立っていた大きな木に、近くにあった石で大きくバッテンをつけました。 「これでよし」 ヘレンはにっこり笑うと、 「お待たせー、さあ、帰ろう!」 彼女は少し離れた場所に立つ親友のところまで駆け寄って行きました。 二人は仲良く手をつなぎ、楽しそうに走って行きます。 そんな二人に、お日さまの光がふりそそぎ、まるでにこにこ微笑んでいるようでした。 創作1976年2月28日〜2月29日
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いやー、とーとー載せてしまいましたね。(笑) 天慈が生まれて初めて書いた物語をお送りいたします。 何だか、天慈が書いたものだって信じられないくらいに純真でかわいらしい物語だなーって思います。 というか、「松江紀行」を書く少し前に書いたものですから、あちらをすでに読まれた方なら「ああ、なんかわかる」って思ってくださるでしょう。 話の内容は、そのころ大好きだった「アルプスの少女ハイジ」の模倣みたいな感じです。だけど、私は、少女二人が主人公になるという話はとっても大好きなんですね。「赤毛のアン」もそうだったし、このハイジもそう。 そういう親友という存在にとても憧れていたからというのもあります。 私は、よく自分は親友だと思いこんでいても、相手はそうではなかった──という経験を何度もしてきているので、より一層そういう仲良しな二人組みというのに憧れるのかもしれません。 それは今でも変わらないと思います。 今書いている物語たちも、必ずといっていいほど少女の二人組み、あるいは少年の二人組みといったものを書きますから。 もちろん、対比する二人がいたほうがよりドラマティックになるというのもありますが、それだけではない。一人だけ主人公にするのが嫌なんじゃないかと思います。(自分のことなのに、よくわかんない^^;) 主人公に淋しい思いをさせたくないという気持ちがあるんじゃないかと思います。 最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。 2001/11/7記 |