何となくヘンな気持ちがして窓を開け外を見た。
 路上に一人の少年が立っていた。
 ここは二階。
 彼はこちらを見上げている。

 ───誰?

 思わず声をかけた。
 少年はじっとこちらを見つめているばかり。

 一見同じ年頃の少年だ。
 私と同じ15歳くらい。
 暗くてよくは見えないけれど、傍らの街灯に照らし出された顔はひどく美しい。
 まるで物語の世界から抜け出たような。

 ───誰なの?

 再び同じ言葉をかける。
 でも少年は答えない。
 ただただじっと私を見つめているだけ。

 満天の星空の夜。
 知らない少年との見つめあい。

 彼はいったい誰なのでしょう。
 彼はいったいどこから来たのでしょう。
 私の頭はこの少年のことでいっぱい。

 彼は誰?

 そのとき。

 ───僕は君をよく知ってるよ

 そんな考えが私の頭を駆け巡った。
 それは確かに彼の思考だった。

 ───僕は君をよく知ってるよ

 少年は口を開いていない。
 その声にならない言葉は、私の脳に直接呼びかけている。

 ああ、なんということでしょう。
 ああ、なんてステキなんでしょう。

 ───あなたはどこから来たの?

 私は声に出して聞いてみた。

 ───ずっとずっと遠いところから

 少年が答える。

 ───何しに来たの?

 私が聞く。

 ───君を迎えに

 ───私を?

 ───そう君を

 そう言うと彼は手を差し出した。

 ───さあ、おいで、僕と一緒に行こう!

 私はまるで操られているかのように、こくりと頷くと、窓から飛んだ。
 ここは二階。
 普通なら絶対怪我をするところだ。
 けど、私は、まるで何かに牽引されているかのようにフワリと彼の傍に着地したのだ。

 彼は私の身体をぐっと引き寄せると、腕を身体に回し私を抱いた。
 私と同じ背丈の少年。
 顔のすぐ近くに彼の端正な顔が。
 ドキンと胸が高鳴る。

 すると、彼は顔を夜空に向け、指差した。

 ───ご覧

 私も顔を上げた。
 すると、今まさに西の空から、何か光る物体が。
 それは見る見るうちにこちらに近づいてきた。

 ───宇宙船……

 そう。
 それは銀色に輝く夢のようにキレイな宇宙船だった。
 なだらかな流線型をした、丁度飛行機をもっとスマートにしたようなそんな形。
 飛行機かと思ったけれど、飛び方がそれとは違っていたので、これは宇宙船だと私は思った。

 ───僕等の仲間もいるよ

 少年が言った。
 そうしているうちに星の光のように輝くその宇宙船は、隣の空き地にゆっくり着地した。

 ───さあ、行こう

 ───どこへ行くの?

 私は不安になって聞いた。
 彼はにっこり微笑む。
 決して私を放そうとせずに。

 ───僕等の故郷へ

 ───故郷?

 ───そう故郷

 私は急に怖くなってきた。
 彼の呪縛から逃れようと身をよじった。
 でも、身体が動かない。

 ───私…私の故郷はここだわ

 ───……違う

 ───いいえ、ここよ!

 私はそう叫ぶと。

「…………!!」

 あの人の名前をさけんだ。
 とたんに。
 私は少年の腕が緩んだのを感じ、さっと彼から身体を離した。

 ───君は僕等の……僕と同じ仲間なのに……

 少年が悲しそうな目で私を見つめる。
 その目を見ていると、そのまま彼の腕に身体を投げ出したくなる。
 けれど。

 ───私の故郷はここよ

 私はそう繰り返すしかなかった。

 そうかもしれない。
 私は彼等と同じ種族かもしれない。
 いつもいつも、自分はこの世界に適応してないと嘆き、苦しみ、私は孤独に苛まれて生きてきた。
 きっと、私はどこかの星の世界の住人で、何らかの事故に巻き込まれ、この地球に残されたのだ。
 そして、いつか仲間が迎えにきてくれることを願いつつ、それまではその記憶を封印し、世界になじむために生きてきたと。

 だから、いつもいつも私は違和感を感じつつ、生きてきた。
 漠然と、いつか誰かが迎えにきてくれると、なぜか信じながら。

 それが本当だったとは。
 けれども、私は思い出せない。
 確かに、懐かしさは感じているんだけど。

 ───君は僕等と同じ種族なんだよ

 彼はそう言う。
 どうして彼はそこまでして私を連れて帰ろうとするのだろう。
 私がそう聞くと。

 ───それは僕たちが愛し合ってたから

 でも、知らない。
 懐かしさは感じるけど、今の私は───

 私の心にはあの人がいる。
 もう遅い。
 たぶん、彼のことを思い出しても。
 彼を愛していたことが事実だったとしても、それでも私は。

 あの人を今は───

 そして、私は、私の心はすでにもう地球の人間の心と同化してしまって、二度とは元に戻れない───そんな気がする。

 ───ごめんなさい、私はいけない……

 私は泣いた。
 心から泣いた。

 彼も泣いていた。
 男の人が泣くのを私は初めて見た。
 前は男が泣くなんてみっともないと思ってたけど、全然そんな感じじゃなかった。
 とてもとても辛くて、彼が泣いているのを見るのが辛くて。

 すると───

 気が付くと、私は自分の部屋に立っていた。
 少年も宇宙船も消えてしまっていた。
 私は慌てて窓に近づき、外を見回したけれど、何もなかった。
 いつもの通り、いつもの隣の空き地が、街灯に照らされているだけだった。

 ───幻?

 ただの夢だったのだろうか。
 それとも、誰かが私を試したのだろうか。

 それはわからない。
 でもあまりにもはっきりとした幻だった。

 私は、ほっとため息をつき、窓を閉めた。
 星々に彩られた西の空に、星とは違う輝きを発するものに気付かないまま。

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