ミーモミくんの見る夢



「ミーモミマーモ、ミーモミマー!」

 ボクはその声を聞いていた。ゆらゆら漂う夢の小舟の上で。

「ミーモミくんは、ともだちさー!」

 はるか彼方の懐かしい風景。たったひとりの親友ともいえるその子の心地よい声を。

「ミーモミマーモ、ミーモミマー!」

 ここは緑のあるあそことはまったく別世界。ボクの生まれた白い世界。

「ミーモミくんはペンギンさー!」

 ボクは忘れない。
 つぶらな瞳をした小さな人間を。ボクの一番のトモダチを────

「ミーモミマーモ、ミーモミマー!」


 ボクは海の見える白い丘に立ち、水平線を見つめていた。
 瞳から一粒、二粒、キラキラ輝いて涙がこぼれる。足はまるで凍りついたように動かない。
 本当はもしかしたら、ボクは帰りたいのかもしれない。優しくしてくれた大きな目の男の子のもとに。
 だけどボクはただ泣くしかなかった。いつまでもその場から動くこともできずに、涙でくもる水平線をずっと見つめているしか・・・。
 それこそ世界が終わるその時まで──────


「はっ」
 ボクは目覚めた。
 いつもの部屋、いつものおもちゃ箱、そして────
「ミーモミマーモ、ミーモミマー」
 カナタくんは大きな声で歌っていた。
「カナタくん、カナタくん」
「なんだい、ミーモミくん?」
 大きな目をクリクリさせながらボクを振り返るその子は、五才になるこの部屋のご主人様、名前を『カナタ』くんという。
 ボクは決心して言った。
「ボクは海に帰りたい」
 せいいっぱい目をウルウルさせて。
「そうだよね。キミはペンギン。うみがヤッパリいいんだよね」
 カナタくんはちょっと淋しそうな顔をしてみせた。
 ボクはカナタくんに拾われた灰色ペンギンのミーモミっていうんだ。
 山の上の神社の片隅でチョコンと座っていた。なんでそんなとこにいたのかボクにもわかんない。
「キミの名前はミーモミだよ」
 カナタくんはボクに名前をつけてくれたんだ。
 それからボクらは大の仲良し。でも────
「さびしいけど・・・」
 一瞬カナタくんは泣きそうになった。でも、握りこぶしで『よしっ!』という格好をした。とっても健気だ。
「ぼくがつれてってあげるよ」
 カナタくんはすぐに遠足のリュックにお菓子やジュースをつめこんだ。お母さんには内緒で。
 さあ、いざ海へ向けて出発だ!
 ボクらは小学校の前を通り、畑を抜けて、どんどん歩いていく。
 そばを流れる小さな川は海へ続いているのだろう。
 踏み切りを超え、さらにどんどんボクらは歩いていく。そしてとうとう───
「海だ!」
 カナタくんが走り出した。
 ボクも遅れまいと、ころびそうになりながら走った。
 広がる砂浜。壊れた舟があちらこちら砂に埋もれて、まるでお墓のようだ。
 ボクは目を閉じた。クンクン匂いをかぐ。
 潮の香りが懐かしさを運んでくれている。
 ああ! やっと帰って来れたんだ。
「カナタくん、今までありがとう」
 ボクはピョコンとおじきをした。
「げんきでね」
「うん」
「いつかぼくがおおきくなったら、きっとあいにいくよ」
「うん」
 ボクは生ぬるい海に飛び込んだ。
 一度だけ振り返って、浜辺に立つカナタくんに目を向ける。
 そうしてボクはながい旅に出たんだ。


 いつかカナタくんはボクのことなど忘れてしまうだろう。もろもろのおもちゃたちと同じように。
 ボクは知っていた。ボクの存在などカナタくんにとってそんなに重要ではないのだということを。
 だから逃げ出したんだ。本当のことを思い出したくなくて。

 ボクは灰色ペンギン。ただのキーホルダーの人形さ。
 海に飛び込んだとき、ボクはただのおもちゃに戻ってしまった。
 ボクを生かしてくれていたのはカナタくん。
 ボクに命をくれたのは純粋な心を持った男の子。


「ミーモミマーモ、ミーモミマー」


 ボクは海の中で永遠に夢を見つづける。ボクの歌をうたうカナタくんの澄んだ声を思い出しながら、いつまでも泣いている夢を。
 海の底の砂にうもれて、つつまれて。
 ゆらゆらゆれるゆりかごのように心地よい歌声は、きっとここにもとどくだろう。
 そしてボクは本物のペンギンとなって白銀の世界に立つんだ。
 一番のトモダチを思い出しながら、いつまでも、いつまでも─────


−おしまい−

ミーモミくんの出来た背景を読む?



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